2015年4月25日土曜日

運動意識論

 野球の動作理論が発達した結果、細部の動きまでもが解剖学的用語(股関節の外旋など)によって明らかになってきている。それ自体は良い事だが、次の事を忘れてはならない。つまり野球の動作には「意識して行う動作」と「無意識下で結果的に起こる動作」の二種類が有るという事だ。この視点が疎かにされているため、研究で明らかになった投球動作や打撃動作の動き(肩関節の内旋など)をそのまま意識的にやれと読み取れるような記述が非常に多い。これでは、せっかくの知識も選手の技術向上の助けになるどころか妨げになってしまうだろう。このことは、そうした理論を全く知らずに高い能力を発揮する選手もいれば、詳しいのに能力が低い選手もいるという事実の一つの説明にもなる。

 具体的な例として、投球動作の中でリリース後に投球腕が内旋される動作が挙げられる。この動作は無意識で起きるのだが、それを「意識的にやれ」と読み取れるような指導がなされている事がいまだに多い。これなどは「スポーツ科学が進化した事による弊害」の典型例だ。(写真=藤浪慎太郎)


 下の動画は元近鉄バファローズの石井浩郎が野球教室でスローイングを指導している所だが、腕を内に捻って投げろと言っている。



 意識的動作と無意識的動作は、原因と結果の関係で結びついており、一つの意識的動作の結果、多くの無意識的動作が起きる。投球や打撃において、意識するべき動作というのはそれほど多くは無い。


無意識的動作の典型的なものが打撃における手首の返しである。しかし、ややこしい事に手首の返しは無意識で起きるが、その動きが起きた事は「認識」する事が出来る。人間の体には自分の体の中で発生した動きを感知して脳にその情報を送り届けるシステムがあるためだ。「無意識で起きるが認識する事は出来る」。。少しややこしいので私はこうした種類の動きを『オートマチックな動作』と呼んでいる。

 オートマチックな動作という概念はBPL理論の中で非常に重要な位置を占める。このオートマチックな動作が生じる原因は以下の二つである。

1)伸張反射など筋肉の反射機能
2)物理的な力



1)について。
 筋肉には伸ばされると縮もうとする働きが有り、この働きを伸張反射と言う。伸張反射では筋肉が伸ばされたという情報が脊髄神経(背骨の中を通っている神経)に伝わると、脊髄神経が筋肉に対して収縮しろと言う指令を下す。脳は関与しない。


2)について。
 重力でヘッドが下がったり、前脚が着地したり、あるいは遠心力で腕が伸びたりする動作は物理的な力によってオートマチックに起きる動作であると説明出来る。


 オートマチックな動作は上記のように二つの経路によって起きる。技術指導を行う場合、事前にこうした基礎的事項の説明と知識の共有を行っておく事が大事である。30分とかかる事ではないが、その手間を割く事により、その後のコミュニケーションのスムーズさと深さが違って来るからだ。「難しい専門用語は使わない」と言い張ってこうした行程を避けると、いつまでたってもコミュニケーションに深みが生まれず、上辺だけのアドバイスに終始することになるだろう。
 野球の動作では特にオートマチックな動作が多い。指導の現場において、オートマチックな動作を「意識的にやれ」と言うアドバイスがなされている事が多い。これは近年になってスポーツ科学の知見が野球の技術論に多く流入した結果でもある。言うまでも無く、上記のような「運動意識論」を軽視した指導では結果は出にくい。BPL理論ではここに大きな重点を置いている。