2016年4月8日金曜日

ダルビッシュ投手フォーム分析 その18

 今回は「股関節の斜め回転」に関する、より高度で実践的なトレーニングを紹介します。まず、投手の場合「股関節の斜め回転能力」は何と言っても写真のように「片方が割れて片方が絞られた状態」を作る事が重要となります。そこで、ここではこの動きに的を絞ったトレーニング法を紹介します。(3コマ目と5コマ目で割れと絞りが入れ替わっています)

キンブレルとチャップマンの「割れ〜絞り」※彼らのようなパンチャーの場合は絞りが起きるタイミングがやや早くなります。


(1) 割れ絞りスイング
 割れ絞りの基本的なトレーニングです。短めのマスコットバットかバットダンベルを使用します。動画のようにゴルフのテークバックのイメージでバットを振り上げつつ後ろ脚の股関節を割り、その反動で逆側にターンする動きを繰り返します。リラックスしてリズミカルに行う事が重要です。

このトレーニングの大きなポイント(そして始めてやる人のほとんどが見落とす点)は、写真のように左右にターンする中央で一度完全に立ち上がる事です。ジャンプするくらいのイメージで良いでしょう。こうする事により両脚が一度伸びるので、負担が軽減してリラックスしてリズミカルな動きになります。
 
下図のようにアップダウンを繰り返しながら左右にスイングすると言う事です。アップが無く脚が力んだままになる人が多いです。写真はバットダンベルですが動画ではバットに針金を巻き付けて3.5キロにしたものを使用しています。

なお、身体を捻るときは水平に捻ったり、身体を倒したりせずに、股関節のラインに沿って斜めに捻る事が重要です。


(2)割れ絞りジャンプスクワット
軽くジャンプして、捻りながら着地します。それによって股関節を割りながら股関節スクワットの形を作ります。動画のように沈み込んだ所で間を取るパターンを挟むと良いでしょう。右腕を使うときは右脚股関節のトレーニングになります。

このトレーニングではピッチングで重心が下降する時に「後ろ脚股関節が割れながら股関節スクワットになる動き」を想定しています。軸脚に、この動きのクセをつける事も目的の一つです。トレーニングの中では、踵〜頸骨のラインでトンと着地し、カクッと沈み込む感覚になればOKです。

なお、トレーニングの中では下の画像のように割った脚の荷重位置はアウトライン(踵、小指側重視)になり、インエッジがやや浮くくらいの方が股関節が割りやすくなります。
大腿四頭筋にハリを感じるのは好ましくありません。大臀筋、脚の外側のライン、ハムストリングスあたりにハリを感じるのが、股関節が割れている時の感覚です。

(3)割れ絞り腕回し
前回(その17)の最後に少し書きましたが、投球腕のテークバックや内旋〜外旋に至る動作も股関節の割れ絞りと連動しています。特に肘から挙がるテークバックになる事が後ろ脚股関節を割るうえで重要になります。

割れた後、絞られる後ろ脚股関節と、投球腕の外旋も連動して起こります。

そうした一連の動きを取り入れたのが「割れ絞り腕回し」です。このエクササイズは「マエケン体操を肩腕でやって下半身動作と連動させたもの」という位置づけで投球前の準備体操として最適です。実際の投球動作と違い、投球腕の捻りは(力まない程度に)意識的に行います。内旋しながら肘から挙げた後、引っくり返して外旋し、カーブを投げるような腕の使い方でストンと振り下ろし、その反動で再び肘から挙げて行きます。


(4)リズム割れ絞り体操 
ここまでのトレーニングでは深く沈み込み最大限に股関節を割る事を重視しましたが、この体操では浅め沈み込みきでリズムを重視し、筋肉の柔軟性を向上させる事を目的としています。動画のようにジャンプした後の着地を利用して一方の股関節を割り、反対の股関節は絞ります。

このエクササイズでは腕の動きと脚の動きを連動させる事がポイントです。写真を見てください。赤線の腕と脚は外旋で、青線の腕と脚は内旋しています。外旋する腕は肘が曲がり、内旋する腕は伸びます。腕の動きで股関節の割れと絞りを誘導してやる事がコツです。股関節が斜めラインに沿ってねじれる様を強く意識してください。


(5)割れ絞りスイッチダンス
前述しましたが、股関節の割りは骨盤の前傾と深く関係しています。そしてさらに、骨盤が前傾していると、股関節の斜め回転がスムーズになるという効果も得られます。

股関節の靭帯は図のような走行方向で付着しているため、骨盤が前傾すると緩みます。靭帯が緩むので股関節がスムーズに回転するようになるという理屈です。
なぜこうした走行方向をしているかというと、骨盤が前傾すると股関節のハマりが深くなるからです。ハマりが深くなるので靭帯の張力で固定する必要が無いので靭帯が緩むわけです(人間の身体が元からそういう構造になっている)。

この違いは立位で骨盤の前傾した状態と後傾した状態を作って比較してみると解りやすいでしょう。この場合の骨盤前傾は反り腰の無理矢理なそれでも構いません(単なる実験なので)骨盤を前傾すると股関節が緩み、後傾すると締まることが解るはずです。
この効果を上手く使っているのがドリブルが上手い事で有名なクリスチアーノ•ロナウドです。元々S字が効いた恵まれた骨格のうえに、その姿勢を保ちながらドルブルするので股関節のローテーションが効いて、超絶的なドリブルテクニックを可能にするわけです。
 
 ロナウドのドリブル


もちろん、投球や打撃の中で股関節のローテーションを上手く使うためには骨盤の前傾した構え、立ち方をしている事が重要になります。そして、この事を確認するためのエクササイズが下の「割れ絞りスイッチダンス」です。

具体的なやり方は見よう見まねでとしか言いようが無いのですが、べつにこの動きで無くても、いろんなパターンで出来ると思います。重要な事は事前に腸腰筋その場ステップや腰を反るストレッチを行う事で腸腰筋をストレッチし、股関節で身体を折るアスレチックポジションを作っておく事です。


(6)捻り割りストレッチ
可動域を大きくとって、名一杯割る事を目的としたストレッチです。バッティングのフィニッシュのイメージで股関節のラインに沿って思い切り身体を捻りきります。

この写真のイメージです。右バッターの場合、フィニッシュで左脚股関節が割れます。
右投手の場合、左打者のフィニッシュの形で右脚股関節を割るストレッチが特に重要になります。股関節のラインに沿って斜めに捻り上げる事が重要です。



(7)割れ絞り連続素振り
これまでの体操と同様に身体を捻って後脚股関節を割った状態からスイングします。少し打撃のスイングに影響が出るのが難点ですが、股関節のトレーニングとしては最高です。沈んだ反動でジャンプする動きになります。


(8)坂道ダッシュ
最後は坂道ダッシュです。割れ絞りのトレーニングというよりも「割れ絞りにも効果がある下半身の総合トレーニング」と言えます。低衝撃&高負荷でなおかつスピードトレーニングなので野球の下半身トレーニングとしては理想的です。

坂道ダッシュ最大のポイントは重力軸と体軸を一致させることです。つまり斜面に対しては前傾します。

 そのためには事前に腸腰筋をストレッチする(腸腰筋その場ステップや腰反り)ことが大切です。それによって骨盤が前傾しやすくなるからです。
また、動画ではスキップから始めていますが、これは正しい腕振りの感覚を掴むためです。走る時は腕を後方に振る時に少し内旋するので手の平が後ろに向き、前に出して来る時は手の平が身体側を向きます。

これが出来ると、坂道ダッシュで四足動物の感覚になります。もちろん手は地面につきませんが、あたかも手で地面を掻いて走るような感覚になるということです。

そもそも人間は四足動物から直立二足歩行に進化したわけですが、その過程でデメリットも発生しました。直立位で股関節が伸展しているために、股関節伸展を使って走る上で(四足動物に比べて)不利になったわけです。

ここで骨盤が前傾しているとどうなるか。立位で股関節の屈曲角度が稼げる事になります。ある意味、これが骨盤前傾の最も本質的な意味です。つまり人類は二足歩行になった事で手先を器用に使えるようになり脳が発達しましたが、大きな出力を要する原始的な運動を行う時にはまだまだ四足動物時代の遺産を使いたいわけで、そのうえで有利なのが骨盤の前傾した体型であると言う事です。

その事が良く表れている一例として、多くの黒人や一部の白人は歩く時に手の平が後ろに向く傾向があります。(アジア系は身体側を向く)これは骨盤が前傾して脊柱のS字が効いた結果、肩甲骨が外転する事で自然にそうなっているのですが、この手の向きは四足動物の前脚と同じです。

坂道ダッシュでは身体と地面の関係性が平地を走る四足動物のそれに近づくので、四足動物的な身体の使い方がやりやすくなるのですが、それが走るフォームの改善にも繋がります。

なお、急過ぎる斜面や緩すぎる斜面はNGです。前者は着地する時に足が爪先立ちになるのでハムストリングスが使いにくく、後者は単純にトレーニング効果が少ないからです。

また、坂道ダッシュでは写真のように着地脚が開き気味になりますが、これは着地のタイミングが平地を走る時よりも早いので、股関節が屈曲(割れた)状態で着地を迎えるからです。この状態から地面を蹴る(絞る)事になるので、坂道ダッシュは割れ絞りのトレーニングとしても効果的なのです。

坂道ダッシュについては以上ですが、このトレーニングは腸腰筋その場ステップ〜スキップ〜ダッシュの順番で行う事が理想的です。

まとめ
以上で下半身動作の二大テーマである「腸腰筋を効かせて骨盤を前傾させハムストリングスを使う」「股関節の割れ絞りを利用する」の二点について書きました。
ダルビッシュ投手の場合、回し込み式と言う前脚挙上および重心移動の動作形態上、「割れ絞り」のテーマについては素晴らしいものがあり、大きな長所となっていますが、「骨盤前傾ハムストリングス」のテーマについてはパフォーマンス毎にやや不安定性があり、そこに改善の余地が有ると思います。ただ、これら二大テーマは相互に関連しているので「骨盤前傾ハムストリングス」について追求すれば自ずと「割れ絞り」も改善され、逆もまたしかりとなるはずです。いずれにしてもピッチングの下半身動作の大きなテーマである事はご理解頂けたのではないかと思います。

振りかぶり式と回し込み式は、その動作形態上「骨盤前傾ハムストリングス」のテーマが弱点となりやすいので、フォームの中で改善すると同時に、特に意識してトレーニングしたいテーマです。

連続写真でも3コマ目でしっかり割れているので、 4コマ目の軸脚の伸びが素晴らしくなっています。割れ(屈曲)が大きいので、そこから強く伸展(絞る)ことが出来るからです。これが大きなストライドを稼ぐ上で重要なポイントです。そして5コマ目の鋭い絞りが骨盤の鋭い回転に繋がっています。

なお、割れ絞りについては柔軟性が重要になるテーマですが、その柔軟性がまた骨盤前傾能力にも繋がると思われます。一般に柔軟性は年齢と共に低下する一方、意識してキープしようとすれば、むしろ向上させて行く事も可能なので、一つのテーマとなると思います。

いずれにしても「骨盤前傾ハムストリングス」の点において向上すれば、従来よりも重心が少し高くなり、フォロースルーでの重心移動がダイナミックで後ろ脚が勢い良く前に出て来るフォームになると思われます。 もちろんそれは意図的にそうするという意味では無く、自然とそうなるという意味です。

その18 完